| ■小学校時代 |
地域の公立小学校でしたが、一応勉強をしていたような気がします。今思うと、これは母親の策略にかかっていたように思います。つまり私立中学へ受験するからです。自分でも絶対によい中学に入ろうという目標は持っていましたね。親の期待に答えたいと思っていたと思います。しかしそうは問屋がおろさず、結果は入りたかった中学は不合格、滑り止めにしていた学校に行くことになりました。
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■中学・高校時代
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中高一貫の学校ですから、原則として高校受験はありません。エスカレータで高校に上がれるので、すっかり楽に過ごすことを覚えました。当然成績は下降の一途!楽しい思い出ばかりいっぱいできました。よかったことは友達がたくさん出来たこと。今でも仲良くしています。大学入試に関しては、大胆というか、暢気と言うか、自分の成績は深く考えもせず、家が開業医という理由だけで、医学部を志望していました。今思うと、まあアホと言われても仕方ないですかねぇ。
高校3年夏まで遊んでいて、ふと気づくと遊んでいるのは自分ら数人、まわりはみんな受験モード一色。当たり前ですが、今更のごとくエーッと思って慌てましたよ。
勿論、少々では間に合わないですよね。受験した大学は、ことごとく不合格。 きっちりつけが回ってきて浪人することに決めた時、歯科医の叔父から「3月15日に歯学部で第3次入試があるが受けてみないか」と教えてもらったのです。それまで歯学部受験は考えていなかったのですがなぜか「行って見よう!」と気持ちが動きました。
3月末、思いがけず合格通知が来たのです。どうしようか? 迷っている暇はないが迷いました。手続きぎりぎりで「やっぱり行こう!」「歯科医になろう!」と決めました。変わり身早く医学部志望はもう何処かへとんでいました。
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| ■大学時代 |
覚悟の浪人生活がなくなったこともあって、大学は楽しかったですね。そんな2年生の時大事をやらかしてしまったのです。交通事故で意識不明、車は廃車状態、幸いだったのは一人相撲だったこと。すっ飛んで来た母は、植物人間かもしれないと告げられ、頭が真っ白で声も出なかったと今でも言っています。 悪運強く、いや先生達のお陰で異常なく退院できたときは、さすが猛反省の日々でした。そのとき実は留年もかかっていたのですが、猛省は少し勉学に向けられ、間一髪進級OK、まったくアホはまだ続いていたようです。やっぱり死ななきゃ直らないって本当かな? 頭を打って、少しましな頭になったかと友達にからかわれましたよ。
あのときの事は今でも肝に銘じていますね。ヤバカッタなぁ。 そうは言っても、夏はジェットスキー、冬はスキーと楽しいことはどうも止められませんでしたね。体を鍛えると言う大義名分が心地よかったですね。
あっという間の6年間、卒業試験、つづく国家試験、さすが今度は夏あたりから慌て始めました。からくも合格、思い出深い大学生活を卒業しました。
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| ■大学病院時代 |
社会人の1歩は、広島大学歯学部口腔外科第1講座に入局することからはじまりました。2年間の在籍期間、先輩の先生から医学の1から教えを受けました。学生時代と全く違う
非常に真摯な、緊張した時間でした。尊敬できる先生に教えを受けることは幸せなことだと思いますし、生涯の宝の時間とも感じています。
勤務医時代 大学病院の後、開業医の先生の所に就職しました。3年間勤務させていただきました。先生はじめスタッフの皆様にとてもよくしてもらったと思います。
その間、叔父の話を聞いたり、先輩の診療所を尋ねたり、友人の話を聞いたりしているうち、東京で働き、できればアメリカにも行きたいと思うようになりました。
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| ■勤務医時代 |
叔父の依頼もあって思い切って東京に行きました。赤坂の診療所の先生は自費診療を主にされていて、自分の勉強不足をいやというほど思い知らされました。
今のままではだめだなとほんとに思いましたね。翌年、大学時代の恩師である保母先生の 持っておられる国際デンタルクリニックに入りました。先生の技術、同僚の先生方、診療所の設備、さまざまな沢山の患者さま、どれをとってもお目々パチクリの状態でした。特に歯周病、インプラントに関してはほんとによく勉強させていただきました。勿論これだけやればよいと言うことはありませんが、よく頑張ったなぁという自負はあります。アメリカミシガン大学での研修も中々中身濃かった経験でした。
あっという間に3年経ち、やっと、開業しようかなと思うようになりました。
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| ■開業・そしてこれから |
| 帰広して、開業医の先生のところでアルバイトさせていただきながら、開業の準備をはじめました。やりだして、やれやれ、すんなり行かないのが世の中、わかっちゃいるけど腹も立つこといろいろ・・・ありましたが・・・かかわって下った皆様、大変お世話になりました。お陰さまでやっと開業にこぎつけました。
これからは、微力ですが、責任感を持って地域医療に勤めます。 よろしくおねがいします! |